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2025年4月11日(金)
執筆 / 未明公開

 昔とある漁師町に、若き教育者が暮らしていらっしゃった。誰も持たなかった新しい発想で先駆的活動を活発にされていたその方は、ある国際学校の設立と試運営の責任者でいらっしゃった。子どもを大切にされる院長先生で、地域の子どもたちを広く迎えた学童保育はいつもとても賑わっていた。

 

 そのなかで、自分の希望よりも周りのみんなの必要を見て、速やかな振る舞いをもって何気なく手伝っていた女の子がいた。控えめで物静かなその子は年下の子たちの面倒見がよく、院長ご夫妻の信頼をいただいていた。

 その子は幼くして、他の大勢のための地道な準備にもいささかの曇りなく取り組み、すでに上の兄弟に勝る内なる選択をしていた。

 院長先生が不正に対して裁判で戦っておられた時には、自分の事として高い意識を持ってお話を聞き、できる協力が小さくとも全力で行った。

 大家族の長女であり、九番目の妹以外の兄弟みなが男であって、上のそれらが趣味の物品や衣類に金銭を費やすなか、なおも下の子たちを労(いたわ)った。

 女の子だからでは、なかった。

 選んだからであった。

 院長先生である父上のその生き方を、選んだがゆえであった。

 

 子どもの味方、という選択をした。目立たない、何気ない選択であった。

 だが、みなが、おもんばかるべき二択。

 人生を分けるほど、大きい。

 

 この選択の恩恵を家族の中で一番多くいただいたのは、末っ子の私。この恩は実に大きく、恵み豊か。父上にも、姉上にも、感謝でいっぱい。

 父上が子どもたちに木陰をと、賑やかだったあのさんび学院国際学校の校舎前に一からお造りになった広い砂場に植えられたその紅葉の木は、今も父上の家に立っている。

 

 そして、これまで多くの荒波を通ってこられた姉上は今、いもん はんじ となられた。そのお働きによって、湿った暗がりに日の光が差すようになり菌の温床はこぼたれる。また、野原で遊ぶような幼い子たちにまで及んでいる悪しき性的流れも干される。これは、日本国を想う全ての人にとり勝利の喜びと大祝いになる。なお、人が生きていく上で欠かせない客観的な現状把握力と敏感な察知能力の健全な働きと向上を著しく害するグルメ偏重の惰性もなくなる。

 

 

 あけぼのの頃、カルト抹消という天命を授かっていらっしゃる姉上は、いもん はんじ として国中のカルト組織及び宗教組織を根絶され、峰に至るまでそれらのいかなる像物をも滅ぼされる。

 

 こうして、他を誘発し続けた重い犯罪が取り除かれてはじめて、国民の福利厚生が実現する。

 - 幸福と利益、人の生活を健康で豊かなものにすること。-

 多くが富や知恵によってこれを得ようとするが、それは回り道。

 

 子ども想いを持つこと、これが答え。

 そして、鍵はさんびにある。

完満
​2025年4月11日
阿南 未里子
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